【管理人・注】このお話は、『別冊花とゆめ』2009年6月号までの原作の最新連載内容をベースに創作されていますが、 原作連載未読の方でも、問題なくお楽しみいただけると思います。
尚、以下冒頭の「前回までのあらすじ」から、すでにかりん様のパロディーが始まっています。 どうぞ、連載既読の方も「あらすじ」を飛ばさずにお読みくださいますように。
それでは、お待たせしました! かりん様のお話のはじまり、はじまり〜〜♪



■ □ ■ 前回までのあらすじ ■ □ ■

「紫のバラの人」が速水真澄であると知った鷹宮紫織は、速水の北島マヤに対する深い愛情に気付き、 感銘を受けた。無償の愛こそが最高の愛だと気づいた紫織は、自分自身もまた、速水に倣う事にしたのだった。 速水の幸せを願った紫織は、速水を解放する事こそ速水への唯一の愛の形であると思い、自ら婚約を破談にしたのだった。 婚約破談の理由を北島マヤの母親の軟禁事件とする事で親族一同を納得させた。 「人非人を夫には出来ない」この言葉が、速水英介をも諦めさせたのだった。
速水真澄は紫織からの婚約破談を受けて、今度こそマヤとの愛を成就させようと自ら積極的にマヤとの絆を深めようと努力した。 しかし、紅天女の試演をみた速水は、マヤは紫のバラの人に恋をしているのではなく桜小路優を好きなのではないかと誤解した。
一方、北島マヤは速水の婚約破談の話を聞いた際、「紫織さんに振られた」という速水の言葉に、 速水が紫織を愛していると思い込んでいた。
また、マヤは紅天女の試演において、ライバル姫川亜弓を抑えて上演権を獲得。
紅天女は「紅天女上演委員会」によって上演される事となった。委員長には月影千草が指名した速水真澄が就任した。
ある日の夕方、委員会との事務手続きのため、マヤは大都芸能本社に速水を訪ねた。
しかし、速水の仕事が押して、マヤは社長室で1時間以上待つことになる。
ようやく速水が社長室に現れたのは7時を回った頃合だった。


「ちびちゃん、待たせてすまなかったな。事務手続きはまた後日ということで、とりあえず待たせたお詫びに何かご馳走しよう。」
「速水さんのおごりなら、遠慮なく。待たされている間にとてもお腹が空きましたから」
「はっはっは、天女はお腹が空かないんじゃないか、大食らいの天女だな。」
「地上に降りたら、人間と一緒なんです!」
そう言いながら二人はエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターが降り始めると同時に、どんと下から突き上げるような衝撃が伝わってきた。
地震だ。とっさに速水はマヤを抱きしめた。
立っていられないほどの激しい横揺れを感じる。
その日、午後7時15分、関東をマグニチュード5.8の地震が襲ったのだった。
エレベーターが止まり、電気が消えた。
二人は真っ暗な中、エレベーターの壁を背中に座り込んでいた。
「ちびちゃん、大丈夫か、けがはないか?」
「ええ、大丈夫です。速水さん」
そう言ったとたんに、地震の揺り戻しがあった。
二人は抱き合ったまま、しばらくじっとしていた。
揺れがおさまると、速水は暗闇のなかでマヤの体をそっと離した。
マヤは、離れたくなかったが、引き止める事も出来なかった。
(速水さん、まだ紫織さんの事、忘れられないんだろうな)
そう思うと速水を引き止めるのがためらわれた。
だが、暗闇と地震の恐怖が、マヤに速水への遠慮を捨てさせた。
マヤは速水のいる方に手をのばした。
速水の背広が感じられた。夢中で抱きしめた。速水の体温がとにかく嬉しかった。
「どうした、ちびちゃん、怖いのか。大丈夫だ。ここにいる。今、携帯を出すから」
速水が携帯を取り出すとモニターの灯りがぼうっと辺りを照らした。
微かな灯りの中、互いの顔が間近にあった。
二人ははっとして、身を離した。
人間多少、灯りがあると現実に戻るものである。
マヤは床に落としたハンドバックの中から自分の携帯を取り出して、やはり灯りとした。
速水は携帯がつながるか試した。守衛室に電話をしたが繋がらなかった。
速水は立ち上がり、センターと直接通話できるエレベーターの緊急ボタンを押した。
「はい、こちらセンターです。」
「大都芸能の速水だが、エレベーターが止まって閉じ込められている。すぐに救援を頼む」
「大都芸能のビルですね。何人閉じ込められていますか?10歳以下の子供がいますか?」
「いや、大人2人だ」
「すいません、出来るだけ早く救助に向かわせますが、他にもたくさん緊急停止したエレベーターがありまして、一応子供から優先的に救助しています。もう、しばらくがんばってください。」
「わかった。できるだけ早く頼む。ところで、地震の被害状況は? 火事は発生していないか?」
「大丈夫です。火事の発生、建物の倒壊といった被害は今の所ありません。」
「わかった。ありがとう」
そういって、速水はセンターとの通話を切った。
速水はマヤの方を向いて、
「ちびちゃん、大丈夫か」
「はい、速水さん、大丈夫です。」
「よし、電源は大切だ。マヤ、君の携帯を切ってくれ。」
「はい」
「とんだ事になったな。ちびちゃん」
そう言ったとたんに、揺り戻しがあった。
もう一度、速水はマヤをかばって抱きしめた。
二人はエレベーターの壁にもたれて座り込んだ。
「携帯の電源をきるぞ。真っ暗になるが。ちびちゃん、こわいか」
「いいえ、大丈夫です。速水さん」
マヤは答えた。真っ暗な中、速水の体温だけをよすがにマヤは不安を押し殺していた。

速水は暗闇を見ながら少女の体の暖かみを思った。
(最初に抱き上げたのは、マヤが中学生の時だったな。)
そんな事をぼんやり思っていると、マヤが身じろぎをするのを感じた。
「どうした?」
「こうして真っ暗な所にいると、ヘレン・ケラーの役をやった時の事が思い出されて。」
「ヘレン・ケラーか。あの舞台は素晴らしかったな。君のヘレンは何度見ても見飽きなかった。」
「私、あの時、ヘレンの役がなかなか掴めなくて苦労したんです。練習場所もなくて。そしたら、紫のバラの人が別荘に招待してくれて。嬉しかった〜。
実は、その時、初めてお会いしたんですよ。紫のバラの人に。ヘレンの役作りのために目隠しをして耳栓をしてたから、会ったというのは当たってないんだけど。」
「何か話でもしたのか?」
「ええ、筆談で。手のひらに文字を書いてくれて。私のヘレンを楽しみにしていますって。」マヤは続けた。
「私、その時、思わず、その人に抱きついてしまったんです。あんまり嬉しかったから。その方は、とても背が高い男の人でした」
速水は、思わずマヤから身を離そうとした。ここで、気づかれるわけにはいかない。
「ちびちゃん、思い出話なら、いずれ、ゆっくり聞こう。もう一度、センターに連絡してみよう」
そういって、たちあがると、マヤも立ち上がる気配がした。
暗闇の中で速水は携帯のスイッチをいれた。現実が立ち返る。
速水が再度センターに連絡すると、後、30分ほどで救出チームが到着するだろうという事だった。ぼ〜っとした光の中で、マヤの姿が浮かび上がった。
マヤは、速水からあとずさり、反対の壁に背中を押し付けた。
(どうして、この人は名乗ってくれないのだろう。なぜ、自分が紫のバラの人だと言わないのだろう。)
マヤは、何度、この問いを自分に繰り返したか知れない。
今もそうだ。紫のバラの人の話になると逃げてしまう。
「ちびちゃん、どうした。泣いているのか?」
「あの、ちょっと、心細くなって。」涙を拭きながら、答えた。
「後30分だそうだ。携帯はつけておこう。その方が、心細くないだろう。」
「ええ」
「どうした、いつもの元気がないな、さすがに、地震には勝てないか」
「いえ、大丈夫です。元気がないのはお腹が空いてるからです。だって、速水さん打ち合わせの時間に1時間も遅れてくるんですもん。書類にサインするだけなら待ってる間にしておいたのに」
「はは、確かに。一応、書類の中身を説明しておこうと思ってな。」速水は続けた。
「君にしろ月影先生にしろ、世間を知らない。そんな人間が上演権をもっているとなると危なっかしくて仕方ない。書類の中身はよく検討してからサインするんだぞ。ファンクラブも安易に公認するなよ。食い物にされるぞ。大体、君は、何故、プロダクションに入るなり、マネージャーを雇うなりしないんだ。そうすれば、スケジュールの管理から何からやってくれるだろうに。」
「速水さん、お小言だったら、別の場所でききます。こんな閉じ込められたエレベーターの中でがみがみ言わないでください。きんきん、頭に響きます。」
「まったく、こういう機会がないと言えないだろうが。どうだ、大都に復帰しないか。そしたら、雑事に煩わされる事なく演技に集中できるぞ。」
「劇団つきかげを潰した張本人のいる大都には入りません。」
「なんだ、まだ、そんな事をいっているのか、何年前の話だ。第一、あの時、月影先生にも説明したが、先生がスポンサーにしていたのは、悪徳業者だったんだぞ。ああでもしなければ、紅天女の上演権は、あの業者に奪われていた。俺は、間接的に紅天女を守ったのさ」
「そんな! 今まで一度も説明してくれなかったじゃない」
「説明しようとしたさ。だが、君は、聞く耳をもっていたか?いつも俺の事を毛嫌いして人の話を聞こうともしなかったじゃないか」
「だって、私は子供だったんです! それに、ジーナの時、劇団員をそそのかして妨害したじゃないですか、小野寺と結託して。」
「あれは、小野寺が勝手にやった事だ。俺は知らん。第一、俺は、君の舞台を楽しみにしてたんだぞ。そんな事するわけないじゃないか」
「そんなの、わからないもの!」
その時、また、揺り戻しがあった。速水は一足飛びでマヤのそばに来るとマヤをかばって抱きしめた。
「やめよう、こんな時に喧嘩するのは。」
「だって、始めたのは速水さんじゃありませんか?離して、離してよ」
マヤは速水の胸をこぶしで、叩いた。
「あなたなんて、大っきらい!」
その時、速水の携帯の電池が切れ、また暗闇がおとずれた。
マヤは、はっとした。
「ご、ごめんなさい。速水さん、きつい事をいって。」
「いや、いい、君が嫌うのは当たり前だ。ただ、今はじっとしていてくれ。また、揺り戻しがあるかもしれんからな」
「でも」
「とにかく、座ろう。救助がくるまで後少しだ」
暗闇を見ながら、マヤは
「速水さん、さっきは本当にごめんなさい。大っきらいなんて言って。」
「気にしなくていい。」
「速水さん、私、前から言おうと思っていた事があるんです。あの、私の母の事、私、もう恨んでいません。本当です。」
「君にそう言って貰えると肩の荷が降りたような気がするよ。自分の母親を死に追いやられた経験は俺にもあるからな。
憎しみが簡単に消えない事はよく知っている。」
「速水さんのお母さんって。」
「親父の紅天女のコレクションを火事から守ろうとして怪我をしたんだ。結局、その怪我が元で死んでしまった。
 義父に殺されたようなものさ。だが、俺ももう親父を怨んではいないがな...。
 紅天女をこの手で上演するのが夢だった。本公演まで、あと少しだ。
 本公演を上演したら、もう一つ肩の荷が降りるだろうな。」
「そしたら、結婚するんですか?」
「な、何をいきなり。」
「いえ、だって、速水さんもいい年だし。」
「君こそ、桜小路とはどうなんだ。試演が終わったら返事をするのだろう」
「え、どうして知ってるんですか?」
「水城君がいっていたぞ。稽古場でうわさになったいたらしいな」
マヤは唐突に話題をかえた。
「紫織さんの事が忘れられないんですか?」
「だから、俺の事はいいから、君の事を話したまえ。」
「私の事、どうしてそんなに気にするんです。」
「気にはしていない。君こそ気になるのか?」
「ええ、だって、週刊誌に速水さんが婚約を破棄されたのは、私の母の事が原因だって書いてあったんです。それで。」
「あれは、気にしなくていい。原因は他にあるんだが、ああいえば、大抵の人は破談に納得するからな。それだけの事だ。君のお母さんの事をダシにして悪かったな。」
「いいえ、そんな。」
「だが、おかげで当分、縁談はこないだろう。人非人を好きになる女性なんかいないさ。
 で、桜小路とはどうなんだ。つきあうのか。」
「速水さんが、紫織さんとの事を話してくれたら私も話します。」
「何故、俺が、君に話さないといけないんだ。まあ、いい。紫織さんとは政略結婚だった。会社にとって、一番いい相手だったし、義父から強く勧められた事もあったしな。それだけだ。嫌いではなかったな。家柄、容姿、性格、どれをとっても素晴らしい人だった。いづれ結婚しなければならないなら、最高の相手だった。しかも、こんな俺を好きだと言ってくれていたしな。」
「愛していない事をのぞけば、ですか?」
「そうだな、愛していない事をのぞけば最高の相手だった。紫織さんを好きになれたら楽だったろうな。俺には、色恋沙汰は無用だ。恋だの愛だのは心に余裕が無ければできるもんじゃないさ。で、桜小路とはどうなんだ。俺は話したぞ。」
「桜小路君への返事は、実は、まだ、迷っているんです。」
「桜小路の事が好きなら、迷う事はあるまい。好きなのだろう?
二人の演技を見ていたら現実でもつきあっているんじゃないかと思うほどの演技だったぞ」
「速水さん、それ、褒めていただいてるんでしょうか?」
「むろん、褒めているさ。一真との最後の対決のシーン、素晴らしかった。一真の腕の中で死んでいく阿古夜がかわいそうでならなかった。」速水は続けた。
「あんな、真にせまった演技ができるんだ。好きでなければできまい。」
「いいえ、好きでなくても演技は出来ます、舞台の上なら。
 あ、じゃあ、速水さんが間違える程の演技だったんだ。嬉しい!最高!」
マヤは、嬉しそうに言った。
「桜小路は気の毒だな。君に本気なのに。一度も会った事がない紫のバラの人の事など忘れて桜小路と付き合ったらどうだ。」
「速水さん、どうして、それを」マヤは心底、暗闇である事を感謝した。顔が火照るのがわかった。
「君が朝日公園の歩道橋の所で紫のバラに口付けしている所を偶然みたのさ。
 そしたら、黒沼先生が君が恋しているのは紫のバラの人だと。
 一体、どうやったら、一度も会った事がない人間に恋ができるんだ。俺には理解できん。」
マヤは思った。
(速水さんは、あの日、来てくれたんだ。でも、私と会うつもりはきっとなかったんだわ。)

速水は、話しながら無意識にマヤの髪を撫でていた。
元(大きいサイズ)の画像がこのページのラストにあります。
暗闇が二人の間の垣根を低くしていた。
そして、マヤを大胆にした。
マヤは、顔を上げると速水の唇に口付けをした。
速水は、今、暗闇の中、唇に押し付けられた物が、マヤの唇だとわかるのに時間がかかった。
「マヤ!」
「紫のバラの人、好きです。速水さん、愛してます。」
マヤは速水を抱きしめた。
「マヤ、離すんだ、俺は、君の足長おじさんじゃない。何を勘違いしたんだ。」
「いいえ、あなたです。速水さん、どうして、隠すんです。」
「俺は、君の母親を死に追いやった男だぞ。君の足長おじさんなわけないじゃないか」
「速水さん、母さんのお墓参りに来てくれてるでしょ。紫のバラを持って。」
「あれは、たまたま、花屋が勧めてくれたからだ。」
「じゃあ、最優秀演技賞を取った時、紫のバラの人から貰ったメッセージに青いスカーフって書いてあったのは何故なんです。
 狼少女ジェーンの青いスカーフは初日にしか使わなかったんですよ。
 初日のお客さんは速水さんだけだったんですよ。
 どうして、、、どうして、逃げるんです。
 私は、ただ、感謝の気持ちと私の気持ちを知ってほしいだけなのに」
暗闇の中で、マヤは、泣いた。
速水は、マヤを抱きしめ、そして、観念した。
「いいのか、俺で。おまえより11も年上だぞ。」
「速水さん、ええ、速水さんじゃないと嫌。」

「・・・マヤ」

速水はマヤに熱い口付けをした。




遠い遠い空の下、
山々連なるその先の、
暗い暗い森を抜け、
逆巻く川の源に、
美しき谷あったとさ。

季節を超えて梅の花、
紅梅、白梅、入り乱れ、
咲き誇るよ梅の谷。


そこは精霊住まう谷にして神々の祝福受けし谷。
今宵、精霊達が集いまする。

はるかなる東方の地、
二つに分かれた尊き魂が、
ひとつになるのを感じたのでございましょう。


山の神が大地の女神を見下ろし、にこやかに褒め称えた。
「ふむ、良い時期に地震を起こされましたな。」
「はい、あの、『えれべーたー』とかいうものをちょうどよく止め、『でんき』というものを切って、二人を闇の中に放り込むには、絶妙の計算が必要でした。我が配下の切れ者が、うまくやってくれましたよ。」
「まったく、あの男には手子摺りましたな。」風の神が呟いた。
「ほんに、あれだけ、梅の谷で、はっきりとわかる奇跡を起こしてやったというのに、総て夢と思い込んでしまうのですから。」花の女神が笑った。
「これで、我ら、人間にとっては目に見えぬ存在である我らに対しても、人間共は、多少は感謝するようになるでしょう。彼らの働きで。」龍神が目を細めた。
「そうそう、そうなって貰わねば困るわ。わっはっは」山の神が豪快に笑った。
「なんといっても大地を動かしてまで、二人の中を取り持ったのですからな。」と風の神が同意した。
「ま、男と女は相手を間違えなければ、暗闇に二人で置いておけば、なんとかまとまるもんですわ。ふぉっふぉっふぉっ」
そういって笑いながら豊穣の神は杯を空けた。
「そうそう、『暗闇でドッキリ!』ですな。」と川の神が応じた。
「ドッキリー、ドッキリー、ドッキリー」と木霊が繰り返した。

精霊達は、二人を祝して酒宴を続けた。

梅の谷の夜空に銀河が眩しく輝いていた。